【インタビュー】毒親育ちでうつ病、生活保護の経験がある方

この記事を読んでほしい人
・機能不全の家庭で育った人

・精神科に通院経験がある人

・生活保護受給の経験がある人

ゆーた
こんにちは、ゆーた(yuta_okinawa)です!

 

インタビュー17弾!

 

 

今回ご紹介するのは、毒家族育ちで精神科通院しているプチ子さんです。

 

プチ子さんとは?

【どんなひと?】

年齢:29歳

性別:女性

出身:香川

在住:大阪

 

【趣味】

・本集め

・マスキングテープ集め

・かわいいもの集め

・クレーンゲーム

・メダルゲーム

 

【経歴】

・毒家族育ち

・20歳まで香川で暮らす

・職場をバックレて大阪へ家出

・精神科通院は10年を越える

・生活保護を受給した経験があり

 

【子ども時代】毒親に苦しめられる

 

ゆーた
こんにちはー!

プチ子さんはどんな子ども時代を過ごしたんですか?

 

プチ子
小学生になる前から、家と病院を行ったりきたりでしたね。

気管支喘息で入退院を繰り返していました。

 

ゆーた
喘息ですか、めちゃ大変ですね…

 

プチ子
そして、いつも両親から(特に母親から)「お前なんか生むんじゃなかった」と言われて、「お前なんか今すぐ死ね」と母親に首をつる紐を準備されました。

これは小学生2年生のときです。

 

ゆーた
え、ひどすぎる…

お母様はなんでそんなことを?

 

プチ子
理由となったことはこんな感じだと思います。

 

【毒親だった理由】

・母親自体も両親に同じ事をされていた。

・母親も何らかの精神疾患(診断未)

・父親は仕事上、家には常に不在

・子育てや日常生活で相談する相手がいなかった

・父親が家で暴れて警察もよく来ていた。

 

ゆーた
なるほど、生き辛い幼少期を過ごしたんですね…

 

プチ子
さまざまなことが重なって、母親は私にひどいことを言ったりしたりしたのだと思います。

 

【短大時代】実家から出る

 

ゆーた
それからはどうされたんですか?

 

プチ子
短大休学中です。家にいたとき、妹の悲鳴が聞こえました。

 

妹の悲鳴の理由は、父親が妹を殺しかけたからです。

妹によると、首をしめられかけたとのことでした。

 

ゆーた
お父様の暴力は日常的にあったのですか?

 

プチ子
父親の暴力、暴言は、父親の気分次第だと思います。それが日常的なのかどうかは私にもわかりません。

 

プチ子
それから私はバイト代と身近なものだけ持って、友達に助けを呼び警察も呼び、自分を守るためだけに家を出ました。

 

職場をバックれて香川から大阪へ

 

ゆーた
なるほど、そうだったんですね…

 

プチ子
家出してからは香川で何年か一人暮らしをして、アルバイト→正社員→派遣社員→契約社員を経てお金を貯めます。

それから、職場をバックレて、ツイッターで知り合った友達がいる大阪へ行きます。

 

ゆーた
職場をバックレた理由ってなんだったんですか?

 

プチ子
新しい派遣先でのストレス、 当時付き合っていた彼氏の罵声や避妊なしのセックス、地元にいた父親や親族から逃げるためです。

自分の身を守るために大阪へ飛びました。

 

ゆーた
なるほど…

 

プチ子
それから大阪で生活保護を受給します。

香川で受給できなかったのに、大阪では受給できました。

 

【大阪】生活保護の話

 

ゆーた
そのような経緯があったんですね…

大阪ではどうなさったんですか?

 

プチ子
大阪の知人を頼り生活保護を受けることになりました。

知人は彼氏になり一緒に住むようになりました。

 

ゆーた
生活保護でいったんは安定した収入の目途ができたんですね。

 

プチ子
生活保護を受けながら通院していました。

精神科では、当時統合失調症*の治療をしていましたね。

 

【統合失調症とは?】

統合失調症は、脳のさまざまな働きをまとめることが難しくなるために、幻覚や妄想などの症状が起こる病気です。ほかの慢性の病気と同じように長い経過をたどりやすいですが、新しい薬や治療法の開発が進んだことにより、多くの患者さんが長期的な回復を期待できるようになっています。

参照:厚生労働書,みんなのメンタルヘルス

 

プチ子
数ヶ月して、彼氏との同居が終わりました。

別れ話で、私は彼氏を包丁で刺そうとしました。

そして、自分で警察を呼びました。

 

プチ子
その当時、私の精神状態はとても悪くて、戻る家もなかったし香川に帰るつもりもなかったので、応急処置として精神科開放病棟へ入院することになります。

 

精神科に入院

 

プチ子
さみしくて、つらかったです。

つらいことばっかりでした。

精神科開放病棟は数ヶ月入院して退院しました。

 

プチ子
新しい住居には蛍光灯さえなく、家具もなにもない生活でした。

生活訓練所に通うことになって訪問介護も受けることになりました。

生活保護の生活は、とてもつらかったです。

悲しくて、みじめで、死にたくて。

大阪に来てからずっと生活保護で生活してました。

自由なお金がなくてつらかった。

 

ゆーた
大阪に来てから辛いことが続いたんですね…

その後、どうされたんですか?

 

プチ子
生活訓練所に通いました。

あとピアサポーター*という大阪市認定の資格のようなものを取りました。

 

【ピアサポートとは?】

同じ症状や悩みをもち、同じような立場にある仲間=英語で「peer」(ピア)=が、体験を語り合い、回復を目指す取り組み。アルコールや薬物中毒の自助グループ、がんなどの患者やその家族、教育現場など、さまざまな分野に広がっている。

参照:コトバンク,ピアサポートとは

 

プチ子
そして2年前、父親が亡くなりました。

でも、生活保護の為、あと妹と疎遠だった為、大阪から香川までの戻り方がわからない為、通夜も葬式も参加できませんでした。

 

プチ子
その後、生活保護が切れます。

少しながら遺産が入ったからです。

その遺産も底を尽きました。

 

【現在】どのように生活しているのか

 

ゆーた
現在の生活はどんな感じでしょうか?

1日の過ごし方や、1か月の収支などについてお伺いできればと思います。

 

プチ子
現在は、一人暮らしです。

日中は、朝二キロあるいて、(うつ病対策)、散歩して太陽の光を浴びる(うつ病対策)、 その他、師匠から頼まれた雑用をこなして過ごしています。

 

ゆーた
師匠とはどんな方ですか?

 

プチ子
師匠は、男の人です。

元ホームレスで、ビッグイシューという雑誌を売ってホームレスを脱却し、今はカフェとクッキー作りとアルバイトをして頑張っています。

私の話を聞いてくれます。私は、師匠のことすごい人だと思っています。

 

プチ子
日中、師匠はバイトへ出かけているので、ねこちゃんと一緒にいます。

最近、こねこちゃんが増えました。

 

ゆーた
なるほど、近くに話を聞いてくれる方がいらっしゃるんですね。

 

プチ子
収入は、いまのところなしです。

障害年金が来月から入ります。

それが収入になるでしょうね。

全部支払いに消えるのですが。

 

プチ子
あと、週に一回の訪問看護と、週に一回の精神科通院をしています。

 

【将来】どんなふうに生きたいか?

 

ゆーた
将来についてですが、プチ子さんの夢についてお聞きしてもいいですか?

 

プチ子
私の将来の夢は、自分の収入で生活できること。

好きな服を着ることです。

 

ゆーた
良いですね(´▽`)

 

プチ子
あとは、うつ病を寛解(かんかい)することです。

幸せに暮らしたい。

笑って過ごしたいです。

 

ゆーた
最後に、うつ病や生活保護で悩んでいる過去の自分にアドバイスをするなら何て言いますか?

 

プチ子
うつ病について。

今できることをゆっくりと。何もあわてることはない。忙しく動いてもつかれるだけ。だから、できないことも、今だけだと思ってあわてない。

いつかできるときがくるはずだから。

 

プチ子
生活保護は、国から認められた制度だから、そんなに肩身の狭い思いして生きていかなくて大丈夫。自分を責めないで。人にしんどい気持ちを吐き出して。人に甘えてもいいんだよ。大丈夫。いつか楽になるから。

 

ゆーた
深く悩んだ経験があるプチ子さんの言葉だからこそ、すごいズーンと来ました。生きづらさを抱えている人に寛容な社会になることを願っています。

今回はインタビューにご協力頂きありがとうございました!

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ゆーた

大学を中退したフリーターです。 今沖縄の離島でゆるーく生きています。 毎日10時間寝たい!5000兆円欲しい!

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